「自転車を買うまで(前編)」(00.5.5.)


それはよく晴れた、気持ちのいい風の吹く午後でした。何かいいことがありそうだ、と私は近所を散歩
していました。お花屋さんの店先では小さな鉢植えたちが花を揺らし、喫茶店のウィンドウも新緑を映して、
お客さんを楽しそうに呼んでいるかのようでした。
 何か私を呼ぶものはないかな…?と耳を澄ませながら歩いていると
「ぶーんーちゃんっ 久しぶりぃ、ふふふ☆」と怪しげな笑いとともに私を呼ぶものがありました。
そう、それは…ある店先に並ぶ、自転車だったのです。

 「久しぶり」って…確かに乗ってない…。
 そう、乗ろうと思わなくなったのは小学校高学年のあの日。
補助輪を外した子供用自転車に乗って2年ほどが過ぎ、私のあこがれは母親と姉の乗るママチャリに
向き始めていました。大人っぽくてかっこいい、乗りたいなぁ…私は家の裏にとめてあった自転車を
またぎ、表へ出ようと一足こいだ瞬間のことでした。
 視界は突然変わり、耳に「がしゃぁぁん からからからから…☆」の音。
 道に出る前にすでに、転んでしまったのです。それもそのはず、今よりも背の小さかった
私が、母親の26インチ自転車に乗ろうとしていたのですから。
「もうやだやだやだやだ、乗らないっ。」私は自転車が嫌いになったのでした。

 それから約15年の歳月が過ぎました。
 途中、2度ほど自転車に触れる機会はありましたよ、ありましたが…。
 1度目は、数十分ぐらい友人の自転車を触らせてもらったとき。やはりまともには運転できず、
「自転車は怖いから乗れない」との思いを強くしました。
 2度目は、友人と行ったサイクリングコース近くのレンタサイクル。乗れはしたものの、24インチの
自転車のサドルを思いっきり下げ、走るコースもほぼ一直線。人とすれ違いそうになると怖くてグラグラ、
そして降車…。
 「漕ぐのは可能だが、乗れない」と、変化はしたもののとても後ろ向きな気持ちでした。
 つまり15年間、まともに自転車を使ったことがなかったのです。

 ひゅう、と吹いた春風で我に返りました。
 それはそれはよく晴れた、気持ちのいい風の吹く午後でしたので、どこからか魔法でも
飛んできたのでしょう。「自転車に乗りたい!」私はその店に入っていきました。


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