「自転車を買うまで(後編)」(00.5.16.)


すっかりいい気分になった私は、鼻歌なんか歌いながら、たくさんの自転車が並ぶ店の中に入っていきました。最初
の数歩は軽かったものの、目の前に並んでいるのは所謂「ままちゃり」や「スポーツサイクル」で、当然補助輪はつい
ていないし、大きさも26〜27インチがメイン。(子供用コーナーは別にありましたが、そこを眺める勇気もありま
せん…。)「成人用は、さすがにおおきい。」だんだん、乗れる気がしなくなっていくのに気づき、店頭の商品を見に行く
振りをしながら店を出ようかなとも思うようになり、足は外へと向いていました。
 しかし、軒の覆いの範囲を超えると相変わらずのいい天気。ぽんぽんと浮かぶ雲、頬を撫でる風、おまけに近くを走る
誰かの自転車からの「ちりんちり〜ん♪」という楽しそうなベルの音。「…乗らなきゃ損だよなぁ…。」私はまた
店の中へと戻っていきます。
 でも並んでいるのは所謂「ままちゃり」や…以下、5回ほど繰り返すのでした。

 休日ということもあって、店には自転車の購入やメンテナンスのために訪れたお客さんが数人いたので、悩む時間は
十分すぎるほどありました。悩むといっても、まだ「買うか否か」を決める段階であって、必要なのは私の思い切り。
誰かがやってきて私の手をつかんで揚げさせて一声「このひと自転車買うそうで〜す」と決断させてくれたら、どんなに
楽だろう、じゃなければ自転車買えないほど貧乏だったら…。あぁ私が如何に優柔不断なことか…そもそも自転車に
乗れなくなったというのも変だし…自転車に乗る資格なんかないのかも…。私の頭は半分パニックになっていきました。
 「あの〜、何かお探しでしたらお手伝いしますが?」そんな時、一人の店員さんが、他のお客さんへの応対を終えて
声をかけてくれたのです。よぉしチャンスだ、買おう!決断はしたものの私の中には先ほどのパニックの余韻が残って
いていたようで…

  「あっ、あの、私15年くらい乗ってなくて、乗れるかどうかもわからなくて、身長も足の長さも御覧の通りあんまりなくて、んで、あの、どの自転車がいいですかっ!」
   その後10秒ほど、私と店員さんは目を見合わせたまま動けませんでした。
 そりゃそうです、こんな質問答えようがない。だからといって「乗れるようになってから出直してください」とも
「子供用にしましょうか」とも言える訳もありません。しかしさすが店員はプロ。すぐに正気に戻ったようでニコッと
微笑み、最近のママチャリにはサドルの高さを低めにしたものもあるから試してみるよう勧めてくれました。
 店員さんの言った通り、私でも両足の先が届くタイプのものがすぐに数台見つかり、胸のつかえが取れた私のそこから
の決断は素早いものでした。「この、黄色いフレームのママチャリください!」ここまで来たら怖いものなし。防犯
登録やワイヤーキー選びを済ませ、ハンドルはそこそこにサドルを一番低くカスタマイズしてもらい、取り扱いの説明を
受け、最後に支払いを済ませて、自転車をこの手にしたのでした。
 「何かあったらお気軽にご相談くださいね、ありがとうございました!」
 「こちらこそ、またよろしくお願いします!」
 満足感でいっぱいになり、その店員さんと握手でもしたいくらいの上機嫌でした。

 ハンドルを握り、とりあえずは家まで運びます。店から外に出ると、楽しいお買い物を済ませた私を祝福するかの
ようないい天気。
 「そうだ、ここから乗ってみちゃおうかな〜!」
 思うが早いか胸を高鳴らせ、2,3歩進んでからサドルに腰掛けて、ひとこぎ!
 …ぐらっ、よろよろよろ…。
 私を送り出した店員さんがまだ店頭に残っていたかなんて考えたり振り向いたりする余裕はありませんでした。多分
耳まで真っ赤になっていたことでしょう。わたしは精一杯平静を装いながら自転車を降り、ハンドルをつかんで押しな
がら家路へつきました。さてこれからどこで練習しようかな…。風に揺れる新緑は、「あんたはまだまだ若葉マーク」
と笑っているようでもありました。

「そういえば」インデックスへ